元祖ニッポン・ゲイビルダー様

たいへんにゲイゲイしいハリウッド俳優サル・ミネオさんのおっかけをやっていたとき、ずっと頭に引っかかっていた。
日本にも、だいたい同時代で、保守的な社会をものともせず、ナルシーなゲイビルダー魂を隠さなかった人がいたじゃないの。元祖・ニッポン・ゲイビルダーが。


しかし、なんだかこの人は難しそうだしメンドーそうだし、なにか目新しい発見があるわけでもなしで、うっちゃらかしておいた。と、思っていたところ、Youtubeでこんな映像を見た。
どういう由来の番組なのか、まだよく分からないのだけれど、取りあえず貼っておく。


Yukio Mishima And Bodybuilding



スピリチュアルでない美輪さんの語りだけでも価値のある映像である。
しかし、1955年、30歳のときに三島由紀夫ボディビルディングを始めたことを、「死ぬ時の準備」というのは、ちょっと飛躍し過ぎじゃないか?と思う。1970年の彼の割腹自殺まで15年もあるんだし、そのあいだに映像に出てくる「エロエロナルシー写真」を撮りまくってるんだから。
僕は『金スマ』の「日本のすばらしさを(強引に)再評価しよう」みたいなコーナーでやっていた三島由紀夫特集で、(今度はスピリチュアルな)美輪さんが「日本の伝統や美の継承者」として三島を賞賛するのも見たが、この人は芸術家としての三島の体面を護ることに強い義務を感じすぎているのではないか、と思う。そして、芸術家として三島を持ち上げようとするとき、彼の「肉体への関心」が貧弱な体へのコンプレックスや後の右翼的な行動と絡めて異様なことのように語られることに、僕は奇妙な違和感を感じる。


30歳から急激に衰えてゆく体の鍛錬に目覚めるというのは、すごく健全なことである。三島由紀夫のような頭脳労働者は、なおさらだ。村上春樹はランニングマニアで、「体力がなければ長編は書けない」という意味のことを言っていたが、それは正しい(いや、もちろん肉体的な健康は度外視して優れた頭脳労働をする人もたくさんいるけれど)。三島由紀夫は努力の人だから、やり始めたら徹底的にやってしまうというのも、なんだか微笑ましい。で、「カラダを鍛えたら、新しいオモチャみたいに人に見せびらかしたくなった」と、ナルシー写真を撮りまくる。あははしょうがねえなあ、と笑ってしまう素直さである。


三島由紀夫の「カラダへの関心」に触れると、彼のこれもまた率直なゲイとしての活動に触れざるをえなくなる。一般メディアが三島由紀夫の「肉体改造」に対して言葉が鈍るのは、そのせいだろう。『仮面の告白』や『禁色』のような三島の同性愛文学は、今読むと時代がかったホモフォビックな匂いが強すぎるが、その「ゲイ活動」(「愛の処刑」の執筆や写真家矢頭保との交流など)を見る限り、三島由紀夫はゲイとしてもとても素直な人だった印象を受ける。彼の「男のカラダ萌え」っぷりは、ゲイ・サイドから見るとけっこう普通である(いや、あのナルっぷりは「普通」じゃないかもしれないけど。ジム狂いナル男はあまり好かれません)。


矢頭保が撮った三島由紀夫


矢頭保が撮った三島由紀夫の「切腹ごっこ」写真。
artnet.com-Tamotsu Yato - Past Auction Results


三島由紀夫はマゾヒストだったんだろうか。『アポロ』(『アドニス』別冊)に掲載された「愛の処刑」や「午後の曳航」の未公開部分(生体解剖の描写があるところ)を見ても、たくましい男の肉体を切り裂くという性的ファンタジーがこの人にはあったんだろうなと思う。Sの方なのかMの方なのか、切りたかったのか切られたかったのか、僕にはちょっと分からないが。僕は男のカラダにはいつも萌え萌えだが、SM的な刺激にほとんど興奮を感じないので、三島由紀夫の嗜好はあまりピンとこない。ただおもしろいな、と思う。


だが、三島由紀夫のこうした嗜好を、のちの三島事件に結びつけて考える気は起きない。彼の性的指向とは別の内面的な動機があったのだろうと思う。彼の健全な男好きと無謀な民族主義への傾倒、彼のSM的傾向(たぶん)と切腹を短絡的に結びつけるのは浅はかだと思うし、だいいち憂鬱だ。僕は男好きだが「男」が暴力や権力に結びついた状態が死ぬほど嫌いなので、彼のいかにもゲイくさい「サムライ萌え」が政治的行動になった時点で、とたんにこの人のことが理解できなくなる。


ともあれ、ナルシーにもほどがあるとはいえ、三島由紀夫のあっけらかんとしたカラダへの欲望の健全さは、彼の一面としてもっと受け入れられていいと思う。だが、なかなかそうならない。やれ死だコンプレックスだと理由がつけられる。つまりはそのぐらい、女性のカラダをフェティッシュ化し、女性をカラダに縛りつけている一方で、「男のカラダへの関心」は、この社会で忌避されている(ような気がする)。


6月21日追記


三島由紀夫のゲイ性については、名ゲイブロガーakaboshiさんの、
フツーに生きてるゲイの日常ー三島由紀夫とつき合ってみる
が素晴らしいですね。というか、これに比べると僕のエントリ↑は相当恥ずかしい。


あと、伏見憲明さんの『ゲイの考古学』の三島由紀夫の一章がすごかったと思う。
これを読んで三島由紀夫に抱いていたイメージが改まったように記憶している。

ゲイという経験

ゲイという経験