Sou Sotheavy「クメール・ルージュ、HIV、そして私:あるサバイバルとリーダーシップのストーリー」国際エイズ会議@メキシコ・シティ


クメール・ルージュ裁判におけるトランスセクシュアル被害者の告発−*minx* [macska dot org in exile]


ブクマコメント回答1:トランスセクシュアルの人に対する表記−*minx* [macska dot org in exile]


ブクマコメント回答2:「比べるもののないような悪」を比較対象とすることについて−*minx* [macska dot org in exile]


現在、カンボジアで国連のバックアップにより行われている、ポル・ポト政権下のさまざまな犯罪を裁く法廷(クメール・ルージュ裁判)に、1人のMtFトランスセクシュアルが告訴状を提出した。ポル・ポト体制下のトランスジェンダートランスセクシュアルに対する組織的迫害を明るみに出そうとする告発である。


僕はこの告訴のことを、告訴を辛辣に批判する山形浩生さんの日記に対するid:macskaさんの批判エントリを通して知った。詳しくは、上掲の3リンクと山形さんの元記事をぜひ精読していただきたい。


macskaさんの言葉につけ加えることは何もない。ポル・ポト政権期の大虐殺について、それが現在のカンボジア社会に残している傷痕について、知ろうとしたことも考えようとしたこともない僕に言いうるのは、macskaさんのエントリのコメント欄に書かせていただいたことぐらいでしかない。


ただ1つ、山形さんの元記事の次の言葉に引っかかった。これについて、補足的に述べさせてもらいたい。



Obviously, some irresponsible NGOs wanted to score brownie points, so they planted the whole idea into this poor man/woman, who will probably not get anything but further ridicule and humiliation. "My voice will be heard after 30 years," this person was alledged to have said. Well, I hope that made you happy. Now the whole world knows that KR commited GENDER CRIMES. Wow. Who would've thunk.


http://cruel.org/other/rumors2008_2.html#item2008090701


山形さんは、この告訴について、「どこかの無責任なNGOの点数稼ぎのために『気の毒な』トランスセクシュアルが利用された」というふうに推測しておられる。


しかし、今回告訴したSou Sotheavyさんは、(僕の大勘違いでなければ、当エントリ後半の翻訳資料から分かるように)プノンペントランスジェンダーセックスワーカーのためのNGO「Network Men Women Development Cambodia」を率いるアクティヴィストである。
トランスセクシュアルセックスワーカーとしての経験に基づき、2000年からセックスワーカーのコミュニティの指導者として活躍しているという。2006年に出たカンボジアセックスワーカーの暴力被害とHIV感染に関する調査研究レポートでも、研究者として名を連ねている。


VIOLENCE AND EXPOSURE TO HIV AMONG SEX WORKERS IN PHNOM PENH,CAMBODIA (PDF)


−って、こんなのはちゃっちゃとネットで調べただけの情報なので、Souさんがどんな人で彼女のNGOがどんなコンセプトのもとにどんな活動をしているのか、僕は何も知らない。
だが少なくとも、「無責任なNGO」に「そっくり(告訴の)アイディアを植え付け」られた「気の毒な」人というのとは、違うのではないか*1


Souさんは、8月3−8日にメキシコ・シティで開催された国際エイズ会議にも参加している。


今年の第17回国際エイズ会議は、従来からのエイズ感染予防・治療の問題のみならず、HIV感染者、エイズ患者、エイズ罹患のハイリスク・グループとされるセックスワーカー、MSM(male sexes male=ゲイ、バイセクシュアル男性など、男性と性交渉を持つ男性の総称)に対する差別の阻止と人権の擁護が、初めて本格的に中心的論題として取り上げられた画期的な会議だった。


Souさんは、国内紛争を生き延び、優れたコミュニティ指導者になった1当事者として、自らの経験を語る(言うまでもなく、彼女のような人材を必要とする国・地域は数多いのだ)。それがクメール・ルージュHIV、そして私:あるサバイバルとリーダーシップのストーリー」というセッションだ。国際エイズ会議のサイト(これがデカいのだ)に、そのアブストラクトがある。


The Khmer Rouge, HIV and me: a story of survival and leadership - XVII International AIDS Conference: 3-8 Auguest 2008 Mexico City


これを見ると、Souさんの今回の訴訟の背景もよく分かる。
短いものなので必要ないかもしれないが、この問題に関する一連のブログ・エントリを読む人が誤解しないよう、(またヘタな日本語だが)訳出しておく。


むろん、Souさんがカンボジアトランスジェンダーセックスワーカー人権活動家としてどういった評価を受けている人か、その活動方法や今回の告訴がカンボジア社会で戦略的に適切かどうかといったことは、また別問題だ。僕がチェックした情報はほんのわずかで、そういうことは分からない。それは現代のカンボジア社会をよく知る人の評価を待ちたい。


けれど、少なくともこれは言っても間違いではない、と思う。ポル・ポト時代のトランスジェンダートランスセクシュアル迫害は、無数の悲劇の1つでしかないかもしれない。しかし、まぎれもなくその1つである。


迫害され命を奪われた多くの人びとと同様、トランスジェンダーであるがゆえに生命や尊厳を奪われねばならなかった人びとがいたことが真摯に受け止められ、その名誉が回復されることは、いま生きているトランスジェンダートランスセクシュアルの人びとの尊厳の保障(ひいては、カンボジアエイズ問題の未来)につながってゆく−それが、Souさんが起こした行動の持つ意義なのだろうと、僕は想像している。


クメール・ルージュHIV、そして私:あるサバイバルとリーダーシップのストーリー」


S. Sou Network Men Women Development Cambodia, Phnom Penh, Cambodia
S. Sim Asia Pacific Networkof Sex Workers, Phnom Penh, Cambodia
C. Overs Asia Pacific Network of Sex Workers, Bangkok, Thailand

問題提起:

カンボジアポル・ポト体制期、何百万もの人びとが飢餓、病気、殺戮、強制労働キャンプで亡くなった。トランスジェンダー、ゲイ、レズビアン、そしてセックスワーカーは特に標的にされ、ほとんど生き残らなかった。現在、カンボジアでその同じ人びとは、再び大量死に直面している。今度は、HIVによって。

解説:

Sou Sotheavyは、クメール・ルージュを生き残った、69歳のトランスジェンダーカンボジアセックスワーカーだ。2000年以降、彼女はプノンペンHIV問題に関わるセックスワーカー・コミュニティの指導者であり、反倫理的な医療訴訟に抗するキャンペーンでも成功を収めている。
Sotheavyは、映画の抜粋を見せる。この映画は、「反道徳的振る舞い」を理由に彼女が受けた虐待とそれからの逃亡を追うとともに、1975年のプノンペン強制疎開で迫害され殺害されたトランスジェンダーたちの多くの事例を思い起こすものだ。この映画は、the Asia Pacific Network of Sex Workersにより、今年のクメール・ルージュ裁判(ECCC)における、トランスジェンダーセックスワーカーに対して行われたクメール・ルージュの犯罪についてのSotheavyの証言をサポートするために作成された。これは、ジェノサイドに関する国際法廷において、LGBTに対して行われた暴力が取り上げられる最初の訴訟となるだろう。彼女は「ゼロ年」からPLHA(People Living with HIV/AIDS=エイズとともに生きる人びと)・セックスワーカートランスジェンダーのための人権活動家としての現在の役割にいたる自身の個人史を語り、HIVエイズとの闘いをめぐる自身の動機と識見を分かちあってくれるだろう。

学ぶポイント:

衝突を生き延びてきた人びとは、自覚性、決断力、自己抑制力、戦略的思考、そして鋭い正義感などの資質を持っている。それゆえに、彼ら彼女らはHIVに取り組むコミュニティの理想的な指導者となっている。

次なるステップへ:

私たちは、Sotheavyの経験を学び、紛争が終結して国が正常化したとき、彼女に学んだものを活かして必要とされる性的少数者コミュニティの指導者たちを評価し育成してゆくことができるだろう。これは、類似の情勢にあり、それゆえHIV活動における指導者を育成する類似の潜在的可能性が存在するビルマアフガニスタンイラクに適用可能だ。

*1:むろん、Souさんがアクティヴィストだからといって、今回の告訴が他のNGOなどに「利用されているものだ」という解釈や評価はありうる。だがそれには、そう解釈するだけの具体的なソースと分析の提示が必要だと思う。