国連特別報告者ポール・ハント氏任期更新問題@第6回国連人権理事会(2007/12/13)


「性的指向と性自認の問題に対する国際人権法の適用に関するジョグジャカルタ原則」


11月7日の国連本部での公布式レポート以来、随分さぼってご無沙汰していたジョグジャカルタ原則ウォッチングですが。


ここのところ、あまり大きなニュースは、ありませんでした。


2007年12月7-9日には、EUアフリカ・サミット参加国へのILGAヨーロッパとパン・アフリカILGAのジョグジャカルタ原則アピールがあり、
世界人権の日(12月10日)には、南ア・ヨハネスブルグで開催された国際シンポジウムで、ジョグジャカルタ原則アフリカ公布式があった(はず)なのですが、
その後のレポートが、ネットに流れている気配はありません。


しかし、ジョグジャカルタ原則方面の事件が何もなかったわけでは、ない。


昨年12月10-14日、第6回国連人権理事会(6th Session of UN Human Rights Council)が、ジュネーブで開催されました。
この会合の議題の1つに、特別報告者(special rapporteur)の任期更新がありました。
特別報告者とは、国連人権高等弁務官事務所に任じられ、様々な地域・分野の人権問題の調査・解決に当たる人権問題専門家のことです(3年任期、更新して6年)。
United Nations Special Rapporteur - en.Wikipedia


で、この任期更新手続きの中で、「可能な限りの水準の身体的・精神的健康に対する権利( the right to the highest attainable standard of health)」の特別報告者ポール・ハント氏Paul Hunt(2002年より在任)の任期更新に、エジプト・パキスタンアルジェリア代表が異議を唱える、ということがありました。


その理由は、彼が中絶の権利を擁護するリプロダクティブ・ヘルス/ライツ問題NPOCentre for Reproductive Rights(CRR)のアドバイザーに名を連ねていること、そして、2006年のジョグジャカルタ原則起草時の署名者の1人である、ということでした。


結局、彼の任期更新は多数一致で議決したのですが、この任期更新をめぐる議論は、ジョグジャカルタ原則を取り巻く状況の1つとして、チェックに価するかもしれません。


まず、特別報告者ポール・ハント氏、どのような人かということですが−
Paul Hunt - en.Wikipedia
University of Essex - Depertment of Law - Prof. Paul Hunt


ニュージーランド出身。英国籍。
ニュージーランドUniversity of Waikatoの非常勤教授、 英国University of Essex教授およびthe Human Rights Centre所員。
ヨーロッパ、中東、アフリカ、南太平洋で人権関連の職務に就く。
1980年代、National Council for Civil Liberties (Liberty)リーガル・オフィサー。
1990年代、ガンビアAfrican Centre for Democracy and Human Rights Studies副所長。
1999-2002年、国連社会経済理事会経済的、社会的、文化的権利委員会(Committee on Economic, Social and Cultural Rights)independent expert。
2002年、可能な限りの水準の身体的・精神的健康に対する権利の特別報告者に。3年任期を務め、2005年に任期更新。
2006年2月には、グアンタナモ米海軍基地における人権侵害問題についての国連報告作製に参加しています。


「健康への権利」の保護、という任務から、世界各地・政治経済社会多分野で活動するハントですが、彼はその一環として、「性と生殖の権利」を重視する立場を取ってきました。
性的指向」が国連で初めて取り上げられたのは、2003年です。
翌2004年の国連人権委員会(当時)で、ハントは、「性は人権である」ことを明示する報告を行い、性的指向を「健康への権利」の一環と見なしました。
これは、アメリカ、パキスタン、エジプト、サウジアラビア代表の反発を受けました。


 可能な限りの最高水準の身体的・精神的健康をすべての人間が享受する権利についての特別報告者ポール・ハントは、本年の理事会への報告は3つの主要なテーマがあると述べた。無視されている病・貧困・性と生殖の健康である。性と生殖の健康に対する権利は、貧困・ HIV/AIDS・ジェンダーの不平等・不寛容との戦いに絶対不可欠の役割を果たす。ハント氏は論じたーーこれらの権利は、国際人権法において最もデリケートで議論を呼ぶ権利だが、同時に最も重要な権利だ。

 合衆国・パキスタン・エジプト・サウディアラビア代表は、ハント氏が健康と関連づけて性的指向に焦点を当てていることを、そのトピックは彼の権限を越えているように見えるとして、問題視した。−−カナダは、ハント氏がこの問題に取り組むことを支持した。


United Nations - Press Release HR/CN/1067 - SPECIAL RAPPORTEURS ON RIGHTS TO HEALTH, EDUCATION PRESENT FINDINGS TO COMMISSION: Call for Greater Attention to Sexualand Reproductive Health, End to Fees for Primary Education


人権 委員会は、女性への暴力に関する決議の中で 「女性は、強制、差別および暴力を受けることなく、性および生殖に関する健康を含む性(セ クシュアリティ)に関する問題について自由に責任をもって管理し、決定する権利を有する」 と再確認した。本決議については、協議の最中にさまざまな論争が起こったが、最終的に異議なく採択された。


「性的権利は人権である」と、アムネスティは本日確認した。「国連内部において、 性(セクシュアリティ)と人権に対する啓蒙活動は長く受け継がれている。すべて の人びとが自らの人権を、どのような形態の差別もなく、自由に行使できる日がく るまでこの状態は続くだろう。世界の無数の人びとの生命と安全は、その啓蒙活動 の如何にかかっている。」


性的権利の問題は、今年の人権委員会において複数の決議で横断的に取り上げられ た課題である。健康への権利に関する国連特別報告者であるポール・ハントは、そ の2004年の報告書の中で以下のように述べた。「・・・セクシュアリティはすべて の人間が持つ特性であり、すべての個人のアイデンティティの基本的な側面である。 セクシュアリティはその人間が何者であるかを決定する」。


アムネスティ日本ーアムネスティ発表国際ニュース(2004年4月21日)−国連人権委員会:性的権利は人権である


セクシュアリティは人権であるーこれは、2006年8月のLGBT人権国際会議による「モントリオール宣言」採択に連続する思想であり、ジョグジャカルタ原則は、その延長上にあります。
ポール・ハントがジョグジャカルタ原則に署名したのは、当然のことと言えます。


しかし、「人権としてのセクシュアリティ」という思想は、セクシュアル・マイノリティの人権、女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ→「同性愛および中絶の権利の肯定」に行きます。
絶対にこれらを認めない立場があるわけです。


このたびの人権理事会でのポール・ハント任期更新議論について、ジョグジャカルタ原則にも言及しながら報じているニュースは、ジョグジャカルタ原則を支持する立場、否定する立場、双方から発信されています。


ジョグジャカルタ原則を支持する立場のニュースとしては、ジョグジャカルタ原則国連公布式にも参加したLGBT権利問題NGOArc Internationalメンバーによる、セクシュアリティ問題に焦点を絞ったレポートが、ARROW(Asian-Pacific Resource and Research Centre for Women)を介して転載されています。
LYRIS - Read Message - [ARROW] Update - 6th UN Human Rights Council


ジョグジャカルタ原則に否定的な立場のニュースの主なソースは、再び、カトリック保守系家族問題NGOC-FAM(Catholic Family and Human Rights Institute)です。
C-FAM - December 20,?2007? - UN Debates Whether to Fire Controversial Official
C-FAMは、2004年の人権委員会のときから、「同性愛と中絶を認める特別報告者」として、ポール・ハントをバシバシ叩き続けておりました。
C-FAMサイトのポール・ハント関連記事
C-FAM発信のニュースは、Catholic ExchangeLifeSiteなど宗教保守系サイトによく転載されるので、今回のC-FAMレポートも、転載記事がかなりの件数ヒットします。
日本でも、「国連通信」58号として翻訳され、保守系のサイトに転載されています。
健全な男女共同参画を考える!−2008/1/3−「問題の多い国連職員の解雇問題」
その他、「家族の絆を守る会」草莽崛起 ーPRIDE OF JAPANなど。


「国連通信」はC-FAMレポートの直訳なので、内容は一応この日本語訳で分かります(誤訳や文意不明の箇所もありますが)。


C-FAMの他には、僕が見た限りでは、ロンドンに拠点を置くSociety for the Protection of Unborn Children(SPUC)も、ポール・ハントに批判的立場からこのニュースを報じています。
Society for the Protection of Unborn Children - Pro-Life Intelligence, 14 December 2007 - 国連健康問題報告者、中絶をめぐり挑戦を受ける(UN health rapporteur is challenged over abortion)


これらの記事で取り上げられている、ハントに対するエジプト代表の批判の内容と議論の経過については、国連人権理事会のビデオ記録があります。
UN Human Rights Council - Archived Video - Human Rights Council 6th Session - 13 December 2007
Review, rationalization and improvement of mandates Mandate: the right of everyone to the enjoyment of the highest attainable standard of physical and mental health
という部分を見て下さい。


また、ISHR(International Service for Human Rights)による理事会全体の詳細なレポートCouncil Monitor - Daily Updateでも、読むことができます。
13 December 2007(PDF)のpp. 12-14.「可能な限りの水準の身体・精神的健康に関する権利についての特別報告者(Special Rapporteur on the right to the highest attainable standard of physical and mental health)」


ISHRは、ジョグジャカルタ原則国連公布式にも参加していますし、今回も他のNGOとともにハントの任期更新を支持したので、記述はハント寄りかもしれませんが、議論の過程の逐次のレポートは、まあニュートラルな記録として読めるのではないか、と思います。


ここでは、ウェブ上に日本語訳が出ているC-FAMレポート以外の、

を、訳出してみました(↑このリンクからどうぞ)。


この記事の中でポール・ハントとの関係が指摘されているNPOCentre for Reproductive Rights(CRR)ですが、ハントは、CRRに2004年に設立されたInternational Litigation Advisory Committee (ILAC)メンバーに入っています。
僕は中絶問題についてはほとんど知らないので、CRRがどのような傾向を持つ組織なのか分からないのですが、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ保護の立場から中絶の合法性を主張しているわけですから、当然、C-FAMのような宗教的保守とは相容れるはずがありません。ハントよりジョグジャカルタ原則よりずっと以前から、C-FAMに攻撃され続けているのが、CRRだったりします(C-FAMサイトのCRR関連記事)。


これらのレポートから、汲み取れることは様々だと思います。


Arc InternationalのJohn Fisherが言うように、ハントの任期更新は、今後国連人権高等弁務官事務所の「健康への権利」の特別報告者の任に就く人物が、その職務に「ジェンダー的視点」を取り入れ、「性と生殖の権利」を押し進めてゆくことを励ますことになる、と取れそうです。


しかし、ハント留任問題に対するエジプト代表などの反発は、とても重要な課題を示唆しています。
国連で正式にセクシュアリティの権利が認められることへのイスラム諸国からの抵抗は、ただ宗教的・文化的に同性愛を認めないというだけでなく、決議が「ヨーロッパ的価値観」で押し進められることへの異議でもある、と考えられるでしょう。これは、正当な主張と言えます。
しかし、個々人のセクシュアリティの多様性を、各人の権利として尊重しなければならない、と考えるならば、国連での各国代表は、その国でリプロダクティヴ・ヘルス/ライツの軽視や同性愛差別による人権侵害を被っている国民の意志を代弁しているわけではありません。
それらの国の女性や性的少数者が何を望んでいるか、その意見になにより重きをおいて、議論を積み重ねる必要があるのでしょう。


SPUCに引用されたローマ教皇庁代表の発言や、この件に関するC-FAMやSPUCレポートの論調は、また別のことを示しています。
いわば、伝統的家族の維持を主張するキリスト教保守が、セクシュアリティの権利の進展に対するイスラム諸国の抵抗を歓迎している、ということです。
たとえば、胎児の生命保護・中絶反対を主張するSPUCは、宗教を基調にした組織ではないようですが、1991年にムスリム支部プロテスタント支部を設立しています(SPUC組織)。
英国で、学校教育におけるLGBT知識普及の進展に対し、キリスト教保守とイスラム教徒住民が協力して当たるという現象が出ている、というニュースを以前見かけたことがありましたが、これが珍しくない流れになっているのかもしれません。