UNAIDS(国連エイズ合同計画)「HIV感染の犯罪化に関する政策指示書」

  
(※12月7日追記:コラム「HIV感染の公表とパートナーへの告知」「母子感染」「第1回世界エイズ議会・決定抜粋」の訳を、末尾に追加しました。)
  
以下は、国連エイズ合同計画UNAIDSが2008年8月に発表した、
”Criminalization of HIV transmission: Policy brief”(PDF)の訳。
  
  
この数年、世界では、HIVの故意による感染を有罪として法的責任を問う「HIV感染の犯罪化」が制度化しつつある。
  
2005年、欧米を中心に進みつつあるこの傾向に対し、UNAIDSやHIV陽性者ネットワークは、感染を処罰する法がしばしば過失や合意による関係にまで広汎に適用されていること、こうした厳罰化がHIV予防・治療の進歩を妨げる危険があることを指摘し、警鐘を鳴らしている。
HIV感染の犯罪化が進む欧州諸国:HIV陽性者ネットワークが警告−グローバル・エイズ・アップデート
  
世界各国における「HIV感染の犯罪化」については、以下のブログエントリを参照。
各国でHIV感染の“犯罪化”の懸念−『QM』〜NPO法人アカーWEBマガジン
  
「故意のHIV感染への有罪判決」のニュースがメディアに増えてゆくなか、「感染の犯罪化」の制度化が、「HIV感染の拡大を抑える」ことにつながるという誤解も生まれるかもしれない。HIVエイズ予防活動に関わっている専門家ならともかく、僕のような素人や、自分はHIVと関係はないと思っている(あくまで、その人がそうだと思い込んでいるだけ、という意味だが)人間は、えてしてそういう予測に飛びつきがちだ。
  
しかし、刑事事件として取り締まりうる「<故意による>HIV感染」(その定義は、以下のUNAIDS文書で詳しく説明されている)は、世界で今も起こっているHIV感染のなかでは極めて限られたケースであり、感染の犯罪化は、HIV拡大を抑制する手段にはならない。むしろ、HIV感染を必要以上に「取り締まり対象」としてゆくことが、これまで実績を上げてきたHIV予防・治療・二次感染阻止政策を妨げる危険のほうが、深刻に憂慮されている。
  
HIV感染にかんする法制度はどうあるべきか?という問題について、世界のHIVエイズ予防政策についてのデータと研究の蓄積をもつUNAIDSが出している提言を読んでおきたいと思う。
  
※注意
※個人的なノートとしての素訳であり、正式な許可を得た翻訳ではありません。
※上記を踏まえた上での利用は自由ですが、翻訳の正確さは保障しません。
注は省略し、原注箇所と注番号のみ記してあります。(追記:注も転載しました)

はじめに

  
一部の国々では、他者にHIVを感染させるか、HIV感染の危険にさらした人間に、刑法が適用されている(注1)。HIV感染に対する刑法の広汎な適用が、刑事上の正義を実現する、あるいはHIV感染を防ぐことを示すデータは、存在しない。むしろ、そのような法の適用は、公衆衛生と人権の基盤を切り崩す危険がある。これらの懸念から、UNAIDSは、各国政府に、犯罪化を故意による感染のケースに限定するよう、 強く求める。故意による感染のケースとは、ある人物が、自分がHIV陽性だと知っていて、HIVを感染させようという意図をもって行動し、実際に感染させた場合である。
  
他の場合においては、刑法の適用は、立法者/府・検事・裁判官により却下されるべきである。とくに、感染の深刻な危険がない場合や、その人物が

  • 自分がHIV陽性だと知らなかった場合
  • HIVがどのように感染するか知らなかった場合
  • 感染の危険がある相手に対し、自分がHIV陽性であることを明かしていた場合(または、相手が何らかの手段でその人が陽性であることを知っていると、本当に信じていた場合)
  • 暴力や、その他の極めて好ましくない結果を恐れ、自分が陽性であることを明かさなかった場合
  • コンドームの使用によるセイファー・セックスの実践や、より感染の危険が高い行為を避けるためのその他の予防措置など、感染の危険を減ずる適切な手段をとっていた場合
  • 互いにどの程度の危険を受けいれうるか、相手と前もって合意ができていた場合

には、刑法は適用されるべきではない。
  
国はまた、以下のことを行うべきである:

  • HIVに特化した法を議会に提出することは避け、その代わり、故意による感染に対しては、一般的な刑法を適用する。
  • 警察および検察が、刑法を適用する権限を制限するガイドラインを発表する(すなわち、「故意による」感染を、明確かつ限定的に定義し、告訴された人物のHIV感染の責任が、合理的な疑いを差し挟む余地なく明確に立証されるべきことを明記し、そして、刑事的な訴追を軽減しうる配慮や条件について明確に示す)(注2)。
  • HIV感染に対する一般的な刑法のいかなる適用も、国家が人権について負っている国際的な義務に沿って行われることを確証する(注3)。

 
暴力による攻撃(すなわち、レイプその他の性的な暴行、陵辱)の結果、HIVも感染させた、あるいは感染の甚大な危険を作った場合、行為者がHIV陽性であることは、その人物が暴行を行った時点で自分が陽性だと知っていた場合にのみ、正当に判決を重くする要因と見なしうる。
  
(注1)それぞれの国とその法律の情報は、以下を参照:

  • Canadian HIV/AIDS Legal Network (2007) A Human Rights Analysis of the N’djamena model legislation on AIDS and HIV specific legislation in Benin, Guinea, Guinea Bissau, Mali, Niger, Sierra Leone and Togo
  • GNP+ and Terrence Higgins Trust (2005) Criminalisation of HIV transmission in Europe: A rapid scan of the laws and rates of prosecution for HIV transmission within signatory States of the European Convention of Human Rights. http://www.gnpplus.net/criminalisation/rapidscan.pdf
  • WHO (2006) Report of the WHO European Region Technical Consultation, in collaboration with the European AIDS Treatment Group (EATG) and AIDS Action Europe (AAE), on the criminalization of HIV and other sexually transmitted infections. WHO, Copenhagen.

(注2)参照:OHCHR and UNAIDS (2006) International Guidelines on HIV/AIDS and Human Rights UNAIDS Geneva.ガイドライン4「刑法そして/または公衆衛生法は、意図的または故意によるHIVの感染を特定の犯罪と看做す法を持つべきではない。むしろ、これらの例外的なケースには、一般的な罪を適用すべきである。このように法を適用する場合、有罪の評決、そして/または厳格な罰則が支持されるためには、[違法行為が]予測可能であったこと・侵そうとする意図・因果関係・罪状の是認という諸要素が、明確に、合法的に確立されねばならないことが、保障されているべきである。」
(注3)特に、個人のプライバシー、可能な限りの水準の健康、差別からの自由、法のもとの平等、人間の自由と安全(参照:「世界人権宣言」3、7、12条;「経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約」12条)。
  
  

刑法に代わる手段

  
HIV感染に刑法を適用する代わりに、政府は、PWH(HIVとともに生きる人びと)とHIV陰性の人びと双方の人権を擁護しつつ、HIV感染を減ずると証明されたプログラム(注4)を広めてゆくべきである。そのような手段には、HIVに関する情報・サポート・必需品を国民に提供し、国民がより安全な行為を行うことで、HIVの拡大を回避できるようにすること、自発的な(強制によるの反対)匿名のHIV検査・相談(注5)へのアクセスを増やし、HIVについての偏見や差別の解決に取り組むことなどが含まれる。予防プログラムには、PWHからの他の人への感染を避けるため、自発的に自分が陽性であることを安全に明かし(注6)、新たな性感染症に罹らないようにし、HIVの進行を遅らせることを奨励する、効果的な「陽性者の予防」が含まれる。
  
政府はまた、レイプ(婚姻関係においても、婚姻外関係においても)やそのほかの女性と児童に対する暴力を取り締まる法を強化して施行し、女性と児童に対する性的暴行を調査・審理する刑事裁判システムの有効性を改善し、具体的な法、プログラム、サービスを通して、女性の平等と経済的自立を支援すべきである。これらは、女性と少女をHIV感染から守る、最も効果的な、もっとも優先されるべき手段である。
このような公衆衛生的、立法的な手段を講じるためには、2010年までにすべての人間のHIV予防・治療・ケア・サポートへのアクセスを実現し(注7)、2015年までにHIVの拡大を減少に転じさせる(注8)という自らの責務を、国がはっきりと自覚することが必要である。
  
(注4)例えば:

  • Johnson WD, Holtgrave DR, McClellan WM, Flanders WD, Hill AN, Goodman M (2005) “HIV intervention research for men who have sex with men: a 7-year update” AIDS Education Prevention 17(6):568-89.

次も参照:

  • Auerbach J and Coates T(2000) “HIV Prevention Research: Accomplishments and Challenges for the Third Decade of AIDS” American Journal of Public Health 90:1029-1032.
  • Green EC, Halperin DT, Nantulya V and Hogle JA (2006) “Uganda’s HIV Prevention Success: The Role of Sexual Behaviour Change in the National Response” AIDS and Behavior 10(4):335-346.
  • Phoolcharoen W (1998) “HIV/AIDS Prevention in Thailand: Successes and Challenges” Science 280:1873-74.

(注5)参照:

  • International Guidelines on HIV/AIDS and Human Rights Guideline 3 (b): “Apart from surveillance testing and other unlinked testing done for epidemiological purposes, public health legislation should ensure that HIV testing of individuals should only be performed with the specific consent of that individual”
  • Guideline 5 22(j) “Public health, criminal and antidiscrimination legislation should prohibit mandatory HIV testing of targeted groups, including vulnerable groups.”

(注6) 参照:Political Declaration on HIV/AIDS General Assembly Resolution 60/262 (2006)(PDF) Article 20 paragraph 25, where governments “Pledge to promote, at the international, regional, national and local levels, access to HIV/AIDS education, information, voluntary counselling and testing and related services, with full protection of confidentiality and informed consent, and to promote a social and legal environment that is supportive of and safe for voluntary disclosure of HIV status.”
(注7)参照:Political Declaration on HIV/AIDS General Assembly Resolution 60/262 (2006)(PDF) paragraphs 11, 15,20,24 and 49.
(注8) Millennium Development Goal 6 UN General Assembly Resolution 55/2, Article 19。
  

議論

  
HIV感染の犯罪化の理由として、おもに提起されているのは以下の2点である:

  • 刑罰を課すことにより、害になる行為を罰する
  • 危険な行為を止めさせ、変えさせることにより、HIV拡大を防ぐ

故意によるHIV感染という稀なケースを除いて、HIV感染への刑法の適用は、これらの目的に役立つことはない。
  

危険な行為の処罰

  
もし誰かが、自分がHIV陽性であると知りながら、HIVを感染させようという意図を持って行動し、HIVを感染させた場合、その人物の心理状態、行為、結果としてなされた危害は、正当に刑罰に価する。そのような悪意ある行為は、HIVの場合は稀であり、入手可能な証拠は、自分が陽性であることを知っている多くのPWHが、HIVの他者への感染を防ぐ手続きを取っていることを示している(注9)。故意による感染以外の状況では、刑事上の訴追は容認し得ない。たとえば、ある人物が、自分が陽性であることをパートナー(自由にセックスに応じることができる人)に明かしている場合、このパートナーが、何らかのほかの方法で、その人物がHIV陽性だとすでに知っている場合、あるいは、HIV陽性の人物が、HIV感染の危険を減ずる手続きを(すなわち、コンドームを使用するか、より危険な行為を避けることによるセイファー・セックスを行うかによって)取る場合、刑法の適用はふさわしくない。そのような行為は、その人物がHIVを感染させようとする意図を持たず、彼らの行為は無謀と見なされるべきではないことを示している。そのような状況にあった人びとを訴追することは、セイファー・セックスの実践や、自発的なHIV検査や、自発的な[HIV陽性の]公表を奨励することでHIV感染を予防しようとする努力と、あきらかに矛盾する。
  
多くの二次感染は、ある人物がHIVに感染した直後に起こる。そのとき、その人物は感染力は高く、また自分がHIV陽性である、あるいは他の人にウィルスを感染させているかも知れないと知る、あるいは疑う前にある(注10、11)。この時期を過ぎても、多くの人は、まだ自分がHIV陽性だと知ることがない。なぜなら、自発的な匿名HIV検査・相談を受けていない、あるいは、陽性と診断されたときに起こりうる、差別や暴力などの好ましからざる結果のために、検査を受けることを恐れているからである(注12)。そのような場合、人びとは自覚せずにHIVを感染させており、刑事的な訴追を受けることもないのだ。
  
(注9)例えば:

  • see Bunnell R et al (2006) “Changes in sexual risk behaviour and risk of HIV transmission after antiretroviral therapy and prevention interventions in rural Uganda” AIDS 20:85-92.
  • Marks G et al (2005) “Meta-analysis of high-risk sexual behavior in persons aware and unaware they are infected with HIV in the United States: implications for HIV prevention programs” Journal of Acquired Immune Deficiency Syndromes 39:446-53.

(注10)

  • Brenner BG et al (2007) “High rates of forward transmission events after acute/early HIV-1 infection” Journal of Infectious Diseases 195: 951-59.
  • Marks G, Crepaz N and Janssen R (2006) “Estimating sexual transmission of HIV from persons aware and unaware that they are infected with the virus in the USA” AIDS 20:1447-1450.

(注11)感染直後に検査を受けても、誤りで陰性の結果が出る。HIVの抗体が検査に表れるまで3ヶ月かかるからである。参照:Fauci AS and Clifford LH (2001) “Human immunodeficiency virus (HIV) disease: AIDS and related disorders”, p. 1852–1913. In Braunwald E, Fausi AS, Kasper DL, Hauser SL, Longo DL, and Jameson JL (eds.), Harrison’s principles of internal medicine, 15th international ed. New York: McGraw-Hill Companies, Inc.
(注12) WHO/UNAIDS/UNICEF (2007) Towards universal access: scaling up priority HIV/AIDS interventions in the health sector. Progress Report. Geneva: World Health Organization, UNAIDS and United Nations Children’s Fund; April 2007.
  

正義の誤配への懸念

  
刑事上の責務を、意図的あるいは故意によるHIV感染のケース以外に−無謀な行為にまで−拡大することは,避けねばならない。そのような刑法の広汎な適用は、多数の人びとを、そのような訴追を受ける責務を予期し得ないような訴追に晒す可能性がある。訴追と有罪判決は、恐らくセックスワーカー、MSM(男性と性交渉を持つ男性)、麻薬使用者のような周縁化された人びとに、過剰に適用されるだろう。このような人びとは、しばしばHIVを感染させると「非難」されているが、にもかかわらずHIV予防のための情報、サービス、必需品に十分にアクセスできず、またそのマージナルな立場ゆえに、[性行為の]相手と安全な行為をする交渉を行う力をもたない(注13)。HIV感染が刑事的に訴追された裁判においては、毎年起こる多数の感染とは異なる極めて稀なケースが訴えられたが、しばしば民族的マイノリティ、移民、MSMが対象となっていた (注15)。
  
HIV感染への不適切かつ過度に広汎な刑法の適用はまた、PWHに対する偏見と差別を増大させ、この人びとをHIV予防、治療、ケア、サポート・サービスからさらに引き離すという、本当の危険を生み出す。
誰が誰にHIVを感染させたかということを特定するのは、しばしば困難を伴い(特に、双方が1人以上の性的パートナーを持っている場合)、ただ証言のみに頼ることになる。HIV感染の責任を負わせられた人びとは、ゆえに誤認により有罪とされる可能性がある(注16)。系統発生学的な検査は、ただHIVの2つのサンプルの相関性の程度を決定することができるのみであり、感染源、感染経路、感染時期を合理的な疑いを差し挟む余地がないほど明確に立証することはできない。それはまた、多くの裁判では実現不可能であり、極めて費用もかかる。
  
(注13)参照:

  • Human Rights Watch (2003) Policy Paralysis: A Call for Action on HIV/AIDS-Related Human Rights Abuses Against Women and Girls in Africa Human Rights Watch, New York. と、その中のHRWの報告
  • Human Rights Watch(2006) Rhetoric and Risk: Human Rights Abuses Impeding Ukraine’s Fight Against HIV/AIDS Human Rights Watch, New York.
  • Human Rights Watch (2004) Not Enough Graves: The War on Drugs, HIV/AIDS, and Violations of Human Rights in Thailand Human Rights Watch, New York.
  • Human Rights Watch (2003) Injecting Reason: Human Rights and HIV Prevention for Injection Drug Users; California: A Case Study Human Rights Watch, New York.

(注14)例えば英国では、2001年以降42000件の新たなHIV陽性診断に対して15件の訴追しか起こっていない。www.nat.org.uk
(注15) GNP+ Europe and Terrence Higgins Trust see (2005) Criminalisation of HIV Transmission in Europe: A rapid scan of the laws and rates of prosecution for HIV transmission within signatory States of the European Convention of Human Rights. www.gnpplus.net/criminalization/index.html
(注16)参照: Bernard, E et al (2007) The use of phylogenetic analysis as evidence in criminal investigation of HIV transmission February 2007. (www.aidsmap.comで入手可能)
  
  

HIV感染の予防

  
刑事的な処罰への恐れが、HIV感染をもたらす可能性のあるセックスや麻薬使用の複雑な行為を著しく変えたり、思いとどまらせたりすると主張するデータは、存在しない。入手可能なデータは、HIV感染を有罪化する法が存在する場所としない場所で、行為になんら違いはないことを示している(注18)。さらに、故意による感染のケース以外に刑法を用いることは、実のところ、効果的なHIV予防を進める努力を、次のような理由で切り崩してしまう可能性がある。

  • それは、HIV検査を受ける意志を失わせる可能性がある。なぜなら、自分がHIV陽性だと知らないことが、刑事訴訟で身を守る最も良い手段だと見なされるかもしれないからだ。これは、検査にアクセスし、HIVの治療・ケア・サポートを受ける人の数を増やそうとする努力を阻害する。HIV検査と治療は、HIV予防の生命線である。なぜなら、陽性の診断を受けた人は、通常、行動を変え、HIV感染を避けるようになる。また、抗レトロウィルス治療は、感染力やHIVの二次感染の可能性を減少させる (注19)。
  • それは、HIV予防の法的な責任を、すでにHIVとともに生きている人にのみ負わせ、セクシュアル・ヘルスへの責任は、性的パートナーの間で分かち合うべきとする公衆衛生のメッセージが、効果を弱めることになる。恐らく人びとは、自分のパートナーがHIV陽性だと明かさないというだけで、相手は陰性に違いないと(誤って)思い込むだろう。そして、予防手段を用いないのである。
  • それは、医療サービスの専門家・研究者に対する不信感を生み出し、良質なケアと研究の供給を妨げることになる。人びとは、自分がHIV陽性であるという情報を、刑事事件で不利に用いられるかもしれないと恐れる可能性があるからだ。

  
(注18)

  • Lazzarini Z, Bray S and Burris S (2002) “Evaluating the Impact of Criminal Laws on HIV Risk Behavior” Journal of Law, Medicine and Ethics 30:239-253.
  • Burris S, Beletsky L, Burleson J, Case P and Lazzarini Z.(2007) “Do Criminal Laws Effect HIV Risk Behavior? An Empirical Trial” http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=913323.

(注19)

  • Vernazza P, Hirschel B, Bernasconi E and Flepp M (2008) “Les personnes séropositives ne souffrant d’aucune autre MST et suivant un traitment antirétroviral efficace ne transmettent pas le VIH par voie sexuelle . Bulletin des Médecins Suisses 89 (5).
  • Castilla J, Del Romero J, Hernando V, Marincovich B, Garcia S and Rodriguez C (2005) “Effectiveness of Highly Active Antiretroviral Therapy in Reducing Heterosexual Transmission of HIVJournal of Acquired Immune Deficiency Syndrome 40(1) 96-101.

  
  

女性と少女の権利

  
HIV感染を犯罪化しようとする一部の努力の背後には、弱い立場にある女性・少女へのHIV感染を防ぎ、彼女らに感染させる男性を処罰すべきという期待があることは理解しうる。多くの社会で、女性と少女は、特にHIVに感染し易い立場にある。その背景には、男性に複数のパートナーを持つことを是認する文化的規範、性的抑圧やその他の性差に基づく暴力、女性にHIVに晒される危険がある関係を止めることを困難にする、教育・雇用の差別がある。報告によれば、多くの女性が、結婚やその他の親密な関係を通して、HIVに感染している。そのような関係のなかでは、レイプや性的抑圧も行われてきているのである(注20)。
  
さらに、皮肉なことに、HIV感染への刑法の適用を広げれば、女性のほうが過度に訴追される結果になる恐れがある。女性は、医療サービスにアクセスする可能性がより高いので(注21)、しばしば、自分がHIV陽性だということを、その男性パートナーより前に知る。そしてそれゆえに、「関係にHIVを持ち込んだ」と非難されるのである。多くの女性にとって、セイファー・セックスを求める交渉をすることも、パートナーにHIV陽性だと明かすことも、困難であるか、不可能である。暴力を受けるか、捨てられるか,そのほかネガティヴな結果を招くことを、彼女たちは恐れる(注22)。女性は、止むない理由で陽性だと明かすことができなかったために、訴追を受けるかもしれない。
  
このような状況において、HIVに晒されることから女性を守るよりよい方法は、性的な暴力、性差やHIV感染に基づく差別、雇用・教育・財産や相続や親権を含む家族関係における不平等から彼女らを守る法を、制定・施行することである。
  
(注20) Report on the ARASA/OSISA Civil Society Consultative Meeting on the Criminalisation of the Wilful Transmission of HIV Johannesburg, South Africa, 11-12 June 2007.
(注21) UNAIDS (2007) Report of the International Consultation on the Criminalization of HIV Transmission (forthcoming).
(注22)

  • Asia Pacific Network of People Living with HIV/AIDS (2004) AIDS Discrimination in Asia APN+, Bangkok.
  • Gielen AC, McDonnell KA, Burke JG, O’Campo P (2000) “Women’s lives after an HIV positive diagnosis: disclosure and violence” Maternal and Child Health Journal 4(2): 111-120.

  
  

勧告

  

政府への勧告
  • 国際的な人権の協定に従い、健康・教育・PWHを含む全ての人間の社会的保護に関する権利を含む、平等かつ不可侵の権利を遵守する。
  • HIVに特化した刑法、HIV感染の公表を直接的に義務化する法、そのほかHIV予防・治療・ケア・サポートの努力に逆の効果を生んだり、PWHやその他の弱い立場にある人びとの人権を侵害する法を撤廃する。
  • 故意によるHIV感染にのみ一般的な刑法を適用し、一般的な刑法がいかにして適用されるかを審査して、それがHIVに関し不適切に用いられないことを保障する。
  • 法制度改革や法の施行を、女性に対する性的その他の暴力(注26)、PWHや最もHIVに晒される危険のある人びとに対する差別やそのほかの人権侵害に取り組む方向へと向ける。
  • 効果を立証されたHIV予防(自発的なHIV感染の公表を含む)プログラムへのアクセスを大きく拡大し、夫婦の自発的なHIV検査・相談、自発的なHIV感染の公表、パートナーへの倫理的な告知をサポートしてゆく。
  • 女性団体、人権団体、PWHの代表、そのほか[HIV予防に]重要な集団を含む市民社会が、HIVに関する法とその施行の推進、あるいは見直しに、十分に関与することを保障する。
  • 教育・雇用におけるジェンダーの平等を促進し、児童・若者に年齢に応じた性教育、人生に必要な技能の教育(交渉の技能も含む)を与え、女性がHIVに晒される危険のある関係から逃れることができるよう、女性の財産・相続・親権・離婚の権利を促進する。

  
(注26)より詳細な勧告については、参照:

  • the International Guidelines on HIV/AIDS and Human Rights.
  • IPU, UNAIDS and UNDP (2007) Taking Action Against HIV: A Handbook for Parliamentarians IPU, UNAIDS and UNDP, Geneva.

  
  

市民社会
  • 不適切にHIV感染を犯罪化し、効果的なHIV予防・治療・ケア・サポートサービスの供給を妨げるような法・政策が提出されないか、存在しないか監視する。
  • 性的、その他の暴力を阻止する法を擁護し、HIVに関する差別を含むそのような暴力を受けた人びとのためのサービスを支持する。
  • PWHやその他の弱い立場の人びとのために、法的サポートやHIV予防サービスを組織する。
  • メディアと交渉し、適切な割合でこのような問題を取り上げ、HIV感染を明かすことの難しさを説明し、セクシュアル・ヘルスについての責任は双方にあることを何度も繰り返して、確かな情報を発信しているかを確証する。

  

協力し合う世界の人びとへ
  • HIVに関する法が、公衆衛生と人権にどのような影響を及ぼすかという調査に協力する。
  • 政府が、効果を立証されたHIV予防プログラム(陽性者による予防も含む)を広め、PWHやそのほかの周縁化された人びとへの偏見や差別をなくし、適切な法改革を進めること、そして性差に基づく不平等をなくすことを支持する。

  

[HIV感染の]公表とパートナーへの告知[コラム] p.4.

  
一部の国の法律は、HIV陽性であることを性的パートナーやそのほか医療従業者などの人びとに明かさねばならないという法的な義務を課している。UNAIDSは、個人がHIV陽性であることを公表する法的な義務を支持しない。誰でも自身の健康に関するプライバシーを守る権利があり、特に、それがHIV感染のケースのように、深刻な偏見、差別、ことによると暴力に繋がるかもしれない場合には、法によってそのような情報を明かすことを要求されるべきではない。
  
しかしながら、すべての人は、他の人びとを傷つけてはならないという倫理的な義務を持つ。政府は、HIV陽性の人びとのために、セイファー・セックスを実践し、そして/またはHIV陽性であることを自発的に安全に明かすことができるようになるHIVプログラムを行うべきである。これは、2006年の「HIVに関する政治宣言(the Political Declaration on HIV)」で承認されており、それには差別やそのほかのHIV感染を理由とした人権侵害から人びとを護る法と計画を保障する、政府の責務が含まれている。
  
医療施設でHIVに晒されることから身を守るために、医療従業者は、HIVを含む血液から感染する病原体に対する総合的な予防措置にアクセスし、訓練を受けるべきである。?
  
「HIVエイズと人権に関する国際的ガイドライン」は、公衆衛生法は、医療専門家が、それぞれの個人の事情と倫理的な熟慮に基づいて、自身の患者の性的パートナーに、患者のHIV感染を告知するかどうか決めることを正当化すべきだが、要求するべきではない、と助言している(注17)。そのような決定は、以下の基準に従ってのみ行われるべきである。

  • 問題のHIV陽性の人物が、完全にカウンセリングを受けている場合。
  • HIV陽性の人物のカウンセリングが、適切な行動の変化をもたらすことができなかった場合。
  • HIV陽性の人物が、その人のパートナーに[陽性であることを]告げる、あるいは告知に同意することを拒んでいる場合。
  • そのパートナーへのHIV感染の現実的な危険が存在する場合。
  • HIV陽性の人物が、道理にかなった警告を予め与えられている場合。
  • HIV陽性の人物の特定が、そのパートナーから秘密にされている場合。これは、実際にそれが可能であればの場合である。
  • 関係する人物に対し必要に応じて支援を保障するフォローアップが与えられている場合。

  
暴力やその他の好ましくない結果を恐れてHIV感染を明かすことができないHIV陽性の女性には、特別な考慮とサポートが与えられるべきである。
  
(注17)参照: Guideline 3 20 (g).
  

母子感染[コラム] p.6.

  
HIV陽性の母親から子どもへの妊娠期間、および分娩、授乳によるHIV感染の危険は、30%である。この危険は、母親と子どもが抗レトロウィルス治療を受けた場合、著しく減少する。しかし、2007年、治療を必要とする妊娠中のHIV陽性の女性のわずかおよそ34%しか、そのような治療を受けていなかった(注23)。
  
一部の国々では、母子感染を犯罪化する法を制定しているか、制定を考えている(注24)。これは、以下の理由により、不適切である:
  

  • PWHの女性を含め、すべての人間は、子どもを持つ権利がある(注25)。
  • 妊娠中の女性が、抗レトロウィルス治療の利点について助言された場合、ほぼ全員が検査を受け治療を受けることに同意する。
  • 稀に、妊娠中の女性が、HIV検査・治療を受けることに気が進まないという場合、それは通常、彼女らがHIV陽性であるということが知られ、それによって暴力や差別を被ったり,見捨てられたりすることになるかもしれないということを、恐れているためである。
  • 母子感染の刑事的訴追を避けるために、女性に抗レトロウィルス治療を受けることを強制することは、医療措置は必ずインフォームド・コンセントとともに行われねばならないという倫理的・法的条件を損なうものである。そして、
  • しばしば、HIV陽性の母親は、母乳の代用品や粉ミルクをつくる清潔な水がないために、母乳による授乳以外のより安全な選択肢を持たない。

  
カウンセリングや社会的支援を含む公衆衛生の処置は、HIV陽性の妊娠中の女性や母親が稀に治療を拒むケースを扱う場合に、より適切である。政府は、いずれの親も、母子感染の危険を減ずるHIV検査・治療を含む処置に関する情報を持ち、それにアクセスできることを、保障すべきである。女性はまた、自分と子どもをHIV感染を理由とした暴力や差別から護る効果的な手段を必要としている。
  
(注23) Declaration of Commitment on HIV/AIDS and Political Declaration on HIV/AIDS: midway to the Millennium Development Goals: Report of the Secretary-General (2008). UN Document A/RES/60/262 (PDF).
(注24)参照: Canadian HIV/AIDS Legal Network (2007) A Human Rights Analysis of the N’djamena model legislation on AIDS and HIV specific legislation in Benin, Guinea, Guinea Bissau, Mali, Niger, Sierra Leone and Togo.
(注25)「世界人権宣言」16条
  
  

第1回世界HIVエイズ議会(フィリピン・マニラ、2007年)(注27)による決定・抜粋[コラム] p.7.

    
14条:一部の国は、他者をHIVに感染させるか感染の危険に晒すことを犯罪とする、HIVに特化した刑法を制定しており、法がまだ存在しない他の国においても、そのような法の制定が公に要求されている。
  
15条:我々は、刑法と刑事訴追が、HIV感染の危険をもたらす行為に対する適切な政策を代表しているのかと問いかけてきた。その一方、ある人物が自覚の上で、他の人物をHIVやその他の生命の危険を与える健康状態にすることは、明らかに非難されるべきことである。また一方、明らかに故意による感染以外の行為に刑事的な制裁措置を用いることは、人権を侵害し、公的な政策が達成しようと目指している重要な目標を土台から切り崩してゆくことになろう。
  
16条:我々は、特定の条件下において、すなわち故意によりHIVを感染させた場合や、レイプや性的暴行を深刻化させる場合、刑法の適用は正当化されうると認める。それぞれの議会は、その地域的な事情に応じて、その特定の条件を決定する。
  
17条:しかしながら、法制化を急ぐまえに、我々は、HIVに特化した刑法を批准することが、PWHに対する偏見をさらに強め、HIV検査を受ける意欲を削ぎ、HIV陰性の人びとのあいだに誤った安全の認識を植えつけ、そして、HIV感染から護ることで女性を救うよりもむしろ、彼女らに余計に暴力と差別を受ける負担や危険を負わせることになりうるという事実を、慎重に考える必要がある。
  
18条:加えて、HIV感染のためにつくられた刑法が、HIVの拡大やその阻止に、なにか著しい影響を与えるという証拠はなにもない。ゆえに、HIVエイズへの取り組みにおいては、その効果が明らかにされている多岐に亘る予防手段が、優先されるべきである。
  

(注27) 世界全地域からのおよそ160名の議員がこの会議に参加し、最終日にこの最終的決定を採択した。