キム・ジフさんの自殺、そして、証明不可能なー


10月6日(韓国時間、日本時間10月7日)、23歳の韓国の俳優・モデルのキム・ジフさんが、自宅で亡くなっているのを発見された。自殺と報じられている。


キムさんは、性的少数者のゲストがTVを通しカミングアウトするという韓国ケーブルTVの番組『カミングアウト』にこの6月出演し、ゲイであることをカムアウトしていた。
ネットで伝えられているニュースによれば、カミングアウト前の契約を軒並み破棄され、ネットに書き込まれる誹謗中傷に苦しめられたが、ドラマでゲイ役を演じ、ゲイに対する偏見を打ち破る意欲も見せていた。
だが、結局、自分で自分の命を絶つことを選んだ。カミングアウトしてからわずか4ヶ月という時間は、あまりにも短い。


現在、韓国ではタレントの自殺が相次いでいることが衝撃を与えており、キムさんの死も、ショックとともに伝えられている。
先月から相次いで亡くなったタレント4人のうち、2人は性的少数者である。10月3日に亡くなったトランスジェンダーチャン・チェウォンさん、そしてキム・ジフさん。


韓国語を読めない僕が見ることができるのは日本語webの情報だけだが、キム・ジフさんの自殺を伝える報道は、韓国系日本語メディアを中心に多数出ている。
ニュースサイトなのですぐにリンク切れしてしまうものもあるかもしれないが、とりあえず、リンクしてみる。


【訃報】モデルのキム・ジフさん自殺ーchosun Onlineエンタメコリア(2008/10/08 12:29:24)
自殺したキム・ジフさんってどんな人?ーchosun Onlineエンタメコリア(2008/10/08 12:37:50)
故キム・ジフさん「人生は風のようなもの」ーchosun Onlineエンタメコリア(2008/10/08 13:53:01)
故キム・ジフさん、カミングアウト後に契約話消えるーchosun Onlineエンタメコリア(2008/10/08 14:23:59)


‘カミングアウト’のキム・ジフさんが死亡、自殺と推定ー中央日報(2008.10.08 13:51;28)
芸能界の性的少数者、なぜ自殺?ー中央日報( 2008.10.09 16:39:17)


またしても俳優が自殺 「自らをゲイだと告白後、誹謗中傷に悩んでいた…」ーWow!Koreaニュース(2008/10/08 14:39:54)


ホン・ソクチョン「キム・ジフはカミングアウト後、誹謗中傷に苦しんでいた」ーYahoo!ニュース(10月8日16時27分)


韓国で芸能人の自殺続く 「後追い」憂慮もーmsn産経ニュース(2008.10.8 21:55)


「また自殺?!」韓国芸能界パニック!?韓国芸能ニュースーK-PLAZA.com(2008-10-08)


モデルのキム・ジフさんが自殺 芸能人の死相次ぐーYahoo!ニュース(10月9日10時19分)


【イタすぎるセレブ達・番外編】またもや韓国、イケメン俳優キム・ジフが自殺。ーTechinsight.japan( 2008年10月9日 12:53)


Kim Ji-HooーGoogle検索結果


このほか韓国のドラマ、タレントに詳しい人たちのブログも、キム・ジフさんの死を取り上げている。そうした方のブログを参考にすると、目下の報道には、若いキム・ジフさんのキャリアなどの情報は、曖昧なところがあるらしい(出演番組など)。
はなはだしい情報の混乱は、一部のメディアでは、キム・ジフさんがゲイなのか性同一性障害なのかも分かっていない、ということだ。一部は明らかにその区別からして分かっておらず、「同性愛=性同一性障害」と思い込んでいるらしい。中央日報などは、キムさんをトランスジェンダーとしたうえ、「トランスジェンダー=性別が不安定→脆弱」という精神科医の言葉(もっともらしい権威だ)を引いて、あたかもチャン・チェウォンさんとキム・ジフさんの自殺が「性同一性障害による精神的問題」のせいであるという理解にリードするような書き方をしているように感じられる。


こんな問題もあるとはいえ、とにかくこれらのニュースを参考に、キム・ジフさんのことを、まとめてみる(僕は韓国芸能界の知識はないので、以下は上掲のリンクのソースによる情報の切り貼りに過ぎないことを、お断りしておく)


キム・ジフさんは、1985年生まれ。ソウル放送(SBS)のバラエティ番組『真実ゲーム』で芸能界デビューした。俳優としては、文化放送MBC)の人気ドラマ『思い切りハイキック』(2006-2007年)や『ビフォー&アフター整形外科』(2008年 日本放送予定)などに出演している。
モデルとしては2007年、SONGZIO HOMMEのソン・ジオ、CARUSOのチャン・グァンヒョのHOMMEコレクションに出演し、注目されたという。


キムさんは、2008年4月から放送開始した『カミングアウト』(デルタG関連記事)にこの6月出演し、ゲイであることをカムアウトした。


しかし、『カミングアウト』に出演してわずか1月の7月には、芸能事務所との契約を軒並み破棄されたと、インタビューで語っている。


「芸能プロダクションと専属契約の話があったのに、カミングアウト後すべてなかったことになった」
「(カミングアウトが)マイナスになったのは確か。芸能プロダクション数社と契約話が進んでいたが、カミングアウト後すべてダメになってしまった。“まだ偏見の壁は高いな”と思った」


chosun Onlineエンタメコリア


が、最近出演していたケーブルTVのリアリティドラマでは、カミングアウトしたバリスタという、自分自身に共通する役を演じていたという。Wow!Koreaニュースが伝えているキムさんの言葉は、彼がカミングアウトしたゲイのタレントとして、自覚的にロール・モデルの役割を引き受けようとしていたのではないか?と感じさせる。「放送を通して歪曲されたゲイのイメージが拡散しなければよいと願う。人々の偏見を打ち破る意味でも、必ず成功させたい」


日本にはゲイ、トランスジェンダーであることをカムアウトして言わば「トレードマーク」にしているタレントが少なくないし、好感度キャラとして活躍する彼ら彼女らは、性的少数者のイメージを変えることに貢献していると思う。が、こういう言葉を明言できる人は、あまりいないだろう。日本のタレントは、社会の偏見のことにも、彼らが商品として発し続けているステレオタイプにむしろ苦しめられている無数の性的少数者がいることにも、概して口をつぐんでいる。どのメディアで発した言葉なのか、ソースは明らかではないのだけれど、キムさんのこの言葉に示されるような姿勢は、性的少数者の子ども、若者をどれほど勇気づけるかと思う。


だが、それは、命を絶つ、ということで終わった。


キム・ジフさんの自殺の理由として、ほとんどのニュースが指摘しているのは、カミングアウト後にネットで起きた誹謗中傷だ。2000年にゲイであることをカミングアウトし、番組『カミングアウト』の司会をつとめている俳優ホン・ソクチョンさん(韓国芸能人ProfileーK-PLAZA.com)は、キムさんがカミングアウトしてからネットで中傷を書かれるようになったこと、ファンだった人からも悪口を書かれて傷ついていたこと、仕事がうまくゆかず悩んでいたらしいと語っている(Yahoo!ニュース)。


10月3日、キムさんは、自身のHPの掲示板に、「人生は風のようなもの」というタイトルの書き込みを載せ、死を暗示する言葉を残した。
「この世に来たのも風のように来た。この肉体を捨てるのも風のように消える。 秋の風が吹いて美しく染まった葉を落とすように、はかない風が吹いてすべてのものを空虚にするだろう」


そして6日深夜、午前1時、空を飛ぶようにジャンプしている自分の写真をサイトに載せ、同日、自宅で亡くなっているのを発見されたという(chosun Onlineエンタメコリア)。





デルタGさんが紹介している、相次ぐタレントの自殺を受けてホン・ソクチョンさんが自身のHPに書いたという言葉に、僕は涙が出た。僕はよく泣く人間だが、PCの前でボロボロボロボロ取り憑かれたみたいにバカみたいに泣いた。



 生き残った者の宿題が何なのか必ず解決しなければならない。先に去った魂に私ができるなぐさめはひとつだけだ。1対1で闘おう。倒れないで…恐れないで。生き残らなければならない。必ず生き残ろう…。


【韓国】相次ぐ自殺にホン・ソクチョン氏コメントーデルタG


はっきりと心を打ち明ける言葉を残さずに命を絶った人が、なぜそうしなければならなかったのか、知ることはできない。
カミングアウトしてから、わずか4ヶ月、カミングアウト前のすべての契約を打ち切られ、ネットの誹謗中傷に苦しんでいたことを打ち明けた23歳の青年がどうして死を選んだのか、その痛みの深さを勝手に憶測することは、ためらわれる。


だが、彼の心になにがあったとしても、カミングアウトに対する契約打ち切りや誹謗中傷が、その早すぎる死と無関係だったとは思われない。


どんな中傷が書き込まれたのか、韓国語のできない僕には知ることはできない。だが、推測は(、よくないこととはいえ)可能だ。
同性愛への偏見と嫌悪が激しいと言われる韓国じゃなく、この日本でも。いまwebを往来している沢山の人たちが、自分の言葉で語っている。同性愛者に嫌悪を示すのは「自由」なのだと。「嫌悪することも権利」なのだと。


そして、性的少数者は多くの多数者に嫌われる。こと、カミングアウトした性的少数者は嫌われる。楽しいオネエ言葉や陽気なオカマスタイル、あるいはもとは生物学的男だったはずなのに女そのものの、観客を驚かせる美しい容姿など、ホモやオカマとはこうだ、と多数派が認める同性愛規範(ホモノーマティヴィティ)に従っているわけでもないのにカミングアウトするゲイに、マジョリティは嫌悪を示す。なぜ、わざわざ言うのかと。


同性愛者に「自然と」嫌悪感を抱くことを責められる謂れはなく、同性愛者を嫌うことは「自由」だ。いまwebを往来している大勢の人たちが,自分の言葉でそう言っている。だから、それをネットに掲示板に書き込むのも「自由」だ。ゲイだとカミングアウトした俳優をよってたかって誹謗中傷するのは「自由」だ。


タレントは「好かれて」こそ売れる職業だ。「嫌われる」タレントは、契約を打ち切られても不思議ではない。


だから、証明することは不可能なのだ。彼はそういう「自由な」同性愛嫌悪に殺されたも同然じゃないのかと言いたくても、彼の自殺が限りなく「憎悪殺人」の色をしているとしても。


憎悪犯罪は、傷つけた人間、傷つけられた傷、そこに介在した嫌悪・憎悪を証拠として立証できなければ、成立しない。むろん自殺は殺人ではない。人を自殺に追い込むまで誹謗中傷しても、そこに犯罪性を指摘することは難しい。どこにも証拠らしい証拠は残らない。同性愛者に対する嫌悪を「自由に」表明することは、いまの社会の「常態」なのだから。いまwebを往来している多くの人々が,自分の言葉でそう言っている。


そんな社会で、なら身を守る方法は、結局ゲイだとカミングアウトしないことだったのか。
亡くなったキム・ジフさんに、
「ゲイだとカミングアウトしなければ、死ぬことにはならなかったのに」
という人が、いるだろうか。
もちろん、いるだろう。そしてそれは現実を生きるために、正しいといえるだろう。
だがそれは、「同性愛者だと言いさえしなければ生命の危険はない」という理由で、同性愛行為を死刑とする刑法を持つ国に送還されようとしたイラン人のゲイの青年が言われたことと、ほとんど変わらないではないか。そして、
「カミングアウトしなければ、死ぬことはない」
という論理は、
「カミングアウトしたら、死ぬことになってもしかたがない」
という論理と、無関係ではない。どこかでつながっている。


「必ず生き残ろう」
自身カミングアウトしたために約3年芸能界を追放状態になり韓国の芸能界の同性愛者のカミングアウトは勧めない、と語ったこともある、ホン・ソクチョンさんのメッセージが胸を噛んだ。
10代、20代のころ、たしかに「生き残ってやる」と思いながら生きてきた過去がフラッシュバックして、この言葉のあまりの優しさ、いたわりにずっと抑えていたものが溢れ出してくる痛みを感じながら、いまなお10代、20代の若い人々が「生き残る」覚悟を持たねばならないという事実、そのなかでたった23歳の青年が命を絶ったという事実のあまりの堪え難さに完全に心が挫けて、僕は涙にまみれるようにして泣いた。


「生き残らねばならない」とは、「殺されるな」ということだ。


性的少数者だと告げると、死に追いやられる危険が潜んでいる世界。
レズビアンやゲイやバイセクシュアルやトランスジェンダーが生き残れないかもしれない社会。
それは絶対に、絶対に「普通」なんかじゃない。